TEDトーク4

2回目のTEDトークの順番が回ってきました。前回より慣れてきましたので、緊張も少なくスムーズに入ることができました。「お金は愛ではないが、愛はお金です」というテーマは日本人からすると露骨すぎる表現かもしれませんが、海外の人は素直に「お金持ちになりたい」「もっと高い給料をもらいたい」と素直に話します。なので、今回私がどんな話をするのかクラスメイトは皆、興味津々でした。

私はまず、中国の歴史から劉邦と張良の話を引用しました。劉邦は秦の始皇帝が死んだ後、項羽と競い合って勝ち漢を建国しました。張良はその劉邦の軍師になります。殆どの中国人同級生は当然、「項羽と劉邦」の話は知っていますし孔明と並ぶ中国三大軍師の一人である張良のこともよく知っています。皆んな、集中して聴いてくれていました。

私は雍歯という劉邦に嫌われていた部下の話を始めました。劉邦は天下統一に向けて進んでいる間に部下たちが、「劉邦は本当に恩賞を払ってくれるのだろうか?払ってくれなければ謀反をおこそうか」という話をしているのを耳にしました。驚いた劉邦は張良に相談します。すると張良は「貴方が一番、嫌っている部下は誰ですか?」と尋ねました。劉邦は「それは雍歯だ。あいつは一度わしを裏切った。才能があり、戻ってきた後は活躍しているので我慢している。」と答えました。「では、まず雍歯に恩賞をお与ください」と張良は言いました。「貴方が雍歯を嫌っていることは皆が知っております。その嫌っている雍歯に恩賞を与えたならば皆、自分も恩賞をもらえるだろうと安心することでしょう」劉邦は「なるほど」とうなずき、張良の助言どおりにしました。劉邦の部下は皆、安心して働くようになりました。

中国の同級生は、この雍歯について知っている人は誰もいませんでした。私は司馬遼太郎の本を読んでいたので知っていましたが、日本では中国古典に興味を持って学ぶ人は多いのですが、中国ではEMBAで学ぶような大企業の幹部クラスでも学ぶ人が少ないのが現状です。それだけに、知っているとそれだけで、結構尊敬されますので中国で仕事する人は学んでおくと得をすると思います。

次にプロスペクト理論について話しました。プロスペクト理論とは投資やギャンブルの世界でよく使われる言葉です。損失の痛みは利益を得た喜びの2倍と言われる理論です。人は1度負けると、その2倍勝たないと心のバランスが取れないというものです。カジノで最後に負けるのは買っている時に終われば良いのに一度負けると、それを取り戻すまで止めれなくなり、所持金を使い切るまで終わらないからです。愛に例える場合は、お金をもらった方の愛は1しか増えないが、お金をあげた方は愛が2増えることを期待しているということになります。「お金は愛ではない」とは「お金で愛は買えない」という言葉からきていると思いますが、お金を払った人の期待ほどにはお金を受け取った人の気持ちは上がらないという現実からきているのかもしれません。もちろん、お金以外に心を動かす要素がたくさんあるという愛情の多様性もあると思います。

一方でお金を受け取ったことで自分の愛が高まるかどうかではなく、自分にお金を支払ってくれた人の気持ちを想像してみたらどうなるでしょうか。自分が何かを買ってお金を支払う時、どんなに高くてもその商品に価格以上の価値があると感じていればお金を失う痛みは感じません。一方でどんなに安くてもその商品に価格以下の価値しかなければ、お金を失った痛みを感じます。ということは自分にお金を払ってくれた人というのは自分にその金額以上の価値を感じてくれたという証拠になります。「愛はお金です」というのは愛というのは言葉だけでは本当か嘘かわからないが、失うことで痛みを感じるお金を実際に支払うことで愛が証明されるというふうに理解できると思います。

「お金は愛ではないが、愛はお金です」と言う言葉は「お金で愛は買えないが、愛しているならお金を払える」という意味になると思っています。ただし、ここでいうお金は金額ではなく、その人が所有しているお金のパーセンテージで測られるべきだと思いますし、お金がなくても他の人にはできない努力と行動で愛を示す方法もあると思います。

ここまで話すと、「従業員を愛するなんて難しい」と言っていた中国人経営者の顔つきも変わってきました。最後は「会社が社員を愛するというのは何も金額だけで高い給料を払うというのではなく、今の企業体力で可能な給与を払いながら従業員それぞれの家族、人生に思いをよせて一緒に幸せになる方法を考える。その考えを実現するための努力を行動で示すことで、給与の金額だけでは測れない働きがい、モチベーションを向上させていくことが大事だと思います」と言って話をまとめました。

TEDトークが終わると、先ほどの中国人経営者が私の所にやってきました。前回の不満げな顔ではなく穏やかに微笑んだ表情で、何も言わずに私に右手を差し出してきました。私はその手をがっちりと握り返しました。

(完)

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